2006.09.27

身も心も社畜です(リクルーター編)

どうやら、入社して早々にリクルーターらしきものを担当することになりました。つまり、人事の手先として就活中の学生さんにあれこれ干渉するお役目をいただいたわけです。気がつくと立派な社畜になっている自分がこわい……。

というわけで、ぼくに当たってしまうであろう学生さんには先に謝っておきます。こんなダメオタがリクルーターで本当にごめんなさい。

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2006.04.26

日立って何? おいしいの?

あー。念のため申し上げておきますと、近ごろ更新が少ないのは、忙しいからではなく、むしろ、ヒマすぎて書くことがないからです。まだ研修中ということもあり、毎日17時すぎには帰ってます。そのあと何をしているかというと、寮住まいなので、同期の部屋に集まってプロジェクトXの上映会をやったり、KOFやギルギアで対戦したり、酒を持ち寄って飲んだりしているわけですね。同期マンセーヽ(´ー`)ノ

ともあれ。タイトルの件ですが、MyNewsJapanにやっと日立の内部事情が載ったようです。日立に就職を考えている方や、日立の同期のみなさまには、なかなか参考になるのではないかと思いますので、どうぞ。

・日立製作所 工場長がエラい会社(仕事)

・日立製作所 まずは謝る日立、「契約にない」外資(対価/生活)

ざっくり要約すると、日立は「お役所的」「年功序列」「動きがのろい」といった、いかにも日本的な大企業として書かれています。悪い会社ではないみたいですが、良い会社と断言するのもためらわれますし、数値的にも5点満点で3.6点という、なんとも微妙な評価です。ったく。一番コメントしづらい点数をつけやがって。

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2006.03.22

さらば、東京

採用のときの面接で「プロジェクトXが大好きです」 「最高の技術者を支える事務系になりたいんです」などと熱く語ったせいか知りませんが、本当にプロジェクトXに登場した事業部に行くことになりました。所在地は神奈川県です。くわしくは企業秘密ということで、今度ぼくに会ったときにでも聞いてください。エサをもらった子犬のように喜んで答えるはずです。

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2006.03.06

就職活動・一問一答(6)

Q. 業界研究とか会社研究って何をすればいいんですか?

A. よろしければ、ぼくが以前つくった「精神論無用の就職活動マニュアル」をご覧ください。少しバージョンアップもいたしました。日立製作所を志望なさる方は「ネコでもわかる日立入門」もあわせてどうぞ。これ以上なにを調べたらいいのかは、ぼくにもわかりません。

Q. オススメの業界や会社ってありますか?

A. ぼくのオススメは「マッタリ高給」な会社ですが、そういうウワサでは、福音館書店、日本銀行、三菱地所、日本郵船、商船三井、旭硝子、リコー、富士ゼロックス、富士写真フイルム、信越化学、三井化学、新日本石油、任天堂、コカコーラ、などが有名ですよね。業界まるごとマッタリ高給なところとしては、電力会社、ガス会社、JR各社、NTT各社、などが該当すると思います。

Q. 逆に、オススメできない業界や会社ってありますか?

A. ブラック企業全般です。なかでも、先物取引外食産業、コンビニ、トラック運送、訪問販売、SEは、2chでも毎日のように叩かれているので、絶対にオススメできません。また、盲点になりがちな業種をあげると、証券会社都市銀行は、リテール営業でバリバリ稼げる自信があったり、旧帝大以上の学歴があって幹部候補が確実だったりする一部の方々にとっては良い会社だと思いますが、それ以外の人にはあまりオススメできません。

Q. 就職活動でいちばん気をつけるべきことは何ですか?

A. 早寝・早起きです。大学生のみなさまに置かれましては、徹夜で麻雀やったり、ゲームやったり、ネット巡回したり、いろいろお忙しいことと思いますが、就活が始まったら、ちょっとだけ心を入れ替えてみましょう。就活中は、午前のうちに筆記試験や面接を受けることも多いので、早起きして、朝から頭がはたらく状態にしておいたほうが確実に有利です。また、第一志望の面接に寝坊して遅刻、なんてことになったらシャレになりません。意外とこれで手駒をなくす人が多いので、気をつけてください。本当に。これは自戒を込めて言っています。

以上で回答を終わります。また何かありましたらバックアップサービスまでどうぞ。引き続き、就活がんばってください。

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2006.03.05

就職活動・一問一答(5)

Q. 留年していると就職では不利なんですか?

A. ぶっちゃけ関係ないです。

(追記:これについては訂正があります。詳細はエントリの末尾をご覧ください)

留年なさった方はとても不安だと思いますが、ご安心ください。ぼくも留年していますが、面接で留年について訊かれたことは一度もありません。留年の「り」の字も出てきませんでした。せっかく、突っ込まれたときの言いわけをあれこれ考えたのに……。

とはいえ、面接官が訊いてこなかっただけで、ウラでは留年がマイナスポイントとして扱われているのかもしれません。そんな不安をお持ちのアナタに、この回答を贈ります。

都合のいいことに、ぼくの周りにはどういうわけか留年なさっている方がとても多いので、ためしにサンプリングしてみましょう。学歴で差が出ないようにするため、東大文学部の知人(同級生・後輩・先輩)に限定して書いてみます。

■留年してない方々の就職先
インテージ、NHK、王子製紙、JR東海、資生堂、住友金属、大日本印刷、東京都庁、日本経済新聞、三井住友銀行、文部科学省、リクルート

■留年した方々の就職先
講談社、小学館、住友金属、住友商事、第一中央汽船、電通、凸版印刷、日本テレビ放送網、博報堂、P&G、日立製作所、文部科学省

(注:これ以外の知り合いの進路は「大学院に進学」「留学中」「留年中」「知らない」のいずれかです。また、オレの就職先を勝手に載せるんじゃねえよ、とお怒りの方がいらっしゃいましたらご連絡ください。すぐに削除いたします)

さて。もっと意味のあるデータを取るには、留年の年数、浪人の年数、男女の別、などを区別した上で最低でも300人くらい調査しないといけないんでしょうが、そういうのは社会学の方の卒論にでも任せましょう。

とりあえずの印象としては、まぁ、正直言ってあんまり影響ないんじゃないですか? ぼくの偏見では、むしろ留年組のほうがいいトコに内定している気もしますけど、「いいトコ」の定義も一義的ではないでしょうから、断定は避けます。

あとは、留年組にはマスコミ関係が多いのが目立ちますね。書いていいのかどうか不安ですが、小学館と電通に行った先輩はどちらも2留なさっておられますし。マスコミは留年に寛容なんでしょうか? あるいは、就職留年してでも行きたい、という人がマスコミ志望者には多いのかもしれません。ともあれ。

結論:留年はあんまり関係ないと思うよ。

慰めでも何でもなく、上のリストを見るかぎりは「関係なさそう」としか結論できません。月並みですが、その人の適性や努力次第です。がんばってください。

(追記:などと書いてしまいましたが、コメント欄にて「東大生だから留年してもOKなのではないか?」とのご指摘をいただきました。たしかに、東大の留年者だけに見られる傾向を、ほかの大学の留年者にまで一般化することには無理がありました。軽率だったと思います。すみません。お詫びして訂正いたします。ただ、だからといって留年者の方には「やっぱり不利なんだ」と卑屈になってほしくもないのですが)

あとは、何で東大文学部(あるいは東大全体なのか)にはこんなに留年者が多いのか、というのが個人的には興味津々です。上のリストだと、非留年と留年の比率がちょうど半々ですね。人数調整はしていないのですが……なぜだ?

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2006.03.04

就職活動・一問一答(4)

Q. 面接を通るにはどうしたらいいですか?

A. わかりません。

いや、意地悪でも何でもなく、本当にわかりません。こういう質問が出ると、たまに「俺はこうやって通った。だからこうすれば通る!」と鼻息を荒くして答える方がいらっしゃいますが、成功例というのは往々にしてその人にしか当てはまらない特殊な事例ですから(面接のように明らかな正解や評価基準がないものについては特に)、ほかの人にまで一般化して当てはめることには慎重にならないといけません。人事が何を考えてぼくを採ったのか、ぼくは知りませんし、知ったところでそれが単純に他人に当てはまるとも思えません。

ただ、少しだけ建設的なことを言わせてもらうと、その人の個性に合った企業を受ければ、面接に通りやすい気はします。この「個性」というのがなかなか説明しづらくて厄介なんですが、たとえば、サークルの先輩の「個性」と「就職先」を並べてみると、こんな感じです。

・牛乳の宴さん(マンガの知識量が半端じゃない)→小学館
・てきえろさん(コンピュータとか天才的)→みずほ総合研究所
・小羊さん(サークルを立て直した体育会系の合理主義者)→日産自動車
・とろとろとろろさん(理想の上司に選ばれそうな人格者)→日立製作所
・ゴルビーさん(国際政治と兵器に詳しい愛国者)→三菱重工業

何となくですが、キャラクターと社風が合っている方が多いような気がします。というか、某週刊マンガ誌の編集者をしている牛乳の宴さんや、防衛庁にパトリオット・ミサイルを売っているゴルビーさんに至っては、正直、天職なんじゃないかと思います。

元クラスメイトや学科の知り合いを見ても、東京都庁に行くAさんは育ちのよさそうなお嬢様ですし、電通に行ったO先輩と博報堂に決まったY君はどちらも酒の強そうな体育会系ですし、日テレに決まったI君は自他とも認めるお笑い好きで、卒論の予定テーマも「笑い」でした。船長になりたいと言っていたI氏は第一中央汽船に行くそうです。アナウンサーになりたいと言っていたN君は、本当にテレビ朝日のアナウンサーになりました。

もちろん、ご想像のとおり、これらは特徴的でわかりやすい例を選んで挙げたものです。しかし、ほかの人たちを見ても、「あいつがあんな会社に行ったの?」という意外な就職はほとんどしていません。つまり、先ほど列挙したのは、象徴的な事例ではあっても、例外的な事例ではないということです。

ぼくの場合も、確かに適性みたいなものがあったようで、就活の結果を振り返ってみると、商社・マスコミにはことごとく1次面接で落とされましたが、メーカー・インフラでは(途中辞退を除くと)ほとんど2次、3次、最終面接などまでに進み、内々定も2社からいただきました。商社とマスコミの難易度が高いのは確かですが、メーカーとインフラもいわゆる超有名企業ばかりだったので、さすがにこれは差がありすぎるだろうと疑問に思い、いろいろ考えてみたところ、I商事の面接で言われたことを思い出したので、再現してみます。

面接官「以上でこちらからの質問は終わりですが、最後に何か言い残したことや、聞きたいたいことはありますか?」

自分「では一つだけ。今の面接で、私の欠点や直すべきところが見えたのであれば、教えていただけませんか。今後の参考にしたいと思います」

面接官「うーん。いや、べつに欠点はないですよ。というより、あなたに限らず、ほとんどの志望者の欠点なんてわかりませんよ。面接時間だって短いですしね。だから、私たちが見るのは、長所や欠点というより、むしろその人の個性や人柄そのものなんですよ。その人の性格とか、考え方とか、たとえば、体育会系なのか、文化系なのかとか、感性を大事にするのか、論理的に突き詰める人なのかとか、喋るのが好きだとか、本を読むのが好きだとか、組織の先頭に立つことが多いとか、いろいろあるんですけど、つまり、この人はうちの会社に合っているかなっていう適性を見てるんです。ですから、面接に受かるか落ちるかは、能力のあるなしというより、会社への適性があるかないかと思ったほうがいいんです。必要以上に自分を着飾ったり、長所だらけの人間を演じる必要もありません。ありのままに正直に話してください。背伸びして会社に入って、ミスマッチを起こしてすぐに退職されるよりも、そのほうがお互いに幸せですから」

I商事の面接官さん、丁寧なアドバイスをくださいましてありがとございました(ついでに、そのあと当然のように落としてくださって本当にありがとうございました)。振り返ってみると確かに、いただいたアドバイスの通りでした。

そして、この「適性」という考え方は、実際の就職活動において、以下の2つの方針に具体化できると思います。

・はじめから自分の適性を見極めて、少数の業界にしぼってエントリーする
・幅広い業界にエントリーして、適性の合ってるところに拾ってもらう

前者のやり方もありだとは思いますが、よほど自己分析に自信があるのでなければ、ぼくは後者をオススメします。前者のような「一点買い」は、失敗したときのリスクが大きいからです。「マスコミ向きだと思ってマスコミだけを受けたら、ことごとく落とされて就職浪人」というのはよくある話ですし、「なんとか商社に入れたけど、業界20位の専門商社」だったのでは、結果に不満が残るかもしれません。「ほかの業界も受けておけばよかった」と悔しがっても後の祭りですし、そもそもぼくは「はじめから自分の適性が正確に分かっている」なんて人は圧倒的に少数派だと思います。

それよりは、たとえば、各業界からトップ3の企業だけを抜き出し、幅広い業界にリスクを分散させながら合計30社くらいにエントリーして、「この30社の中ならどこに受かってもいい」「どこかには自分の適性に合った業界・会社があるだろう」と思って挑んだ方が、まだ健全ではないかと思います。実際、ぼくはその作戦で挑みましたし、適性のある業界・ない業界もだいたい分かりましたし、無事に2社から内々定もいただきました。エントリーする会社に迷っているのであれば、この方針で行ってみてはどうでしょう。

(ただ、この作戦における最大の問題は「それなりの高学歴でないと失敗する可能性が高い」という点です。学歴差別者と批判されるのを承知で書きますが、現実問題として、超有名企業ばかりにエントリーすると、学歴フィルターによって面接前にほとんど落とされる危険があります。仮にそこを突破しても、面接では並み居る高学歴と比較されることになります。お含み置きの上、自己責任でご利用ください)

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2006.03.03

就職活動・一問一答(3)

Q. もう一度訊きますが、どうしてメーカーを受けたんですか?

A. 日本のメーカーは事務系の分野を強化すべきだと思ったからです。

昨日予告したとおり、『能力構築競争——日本の自動車産業はなぜ強いのか』(藤本隆宏著・中公新書)という本の紹介をしながら、これについて詳しく説明してみましょう。ちょっとした雑学ですから、メーカー就職に興味のない方にもお付き合いいただければ幸いです。

「日本のものづくりは強い」と、よく言われます。MADE IN JAPANの文字は、今では一種のブランドになっていますし、80年代の日本は、自動車や電化製品を輸出しすぎたせいでアメリカと貿易摩擦を起こした、と小学校の社会科で習ったと思います。実際、日本のメーカーは、低コストで高品質のモノをつくることに長けていましたし、この本も、各種の数値を示してそのことを証明しています。

では、それはなぜか。なぜ日本のものづくりは強いのか。日本人はマジメな国民だから? 日本人は手先が器用だから? それも理由のひとつかもしれませんが、実証研究を重んじる著者の出した答えは、こうです。

「日本のメーカーは運がよかった」

こう書くと、年配の方からは「バカなことを言うな!」と怒鳴られるかもしれません。運がよかったなどと、そんなことがあるものかと。日本のメーカーは、第二次世界大戦で工場の大部分を壊され、終戦後の焼け野原でゼロからやり直しをさせられたのだ、そして、足りない物資を懸命にやりくりしながら朝鮮戦争の特需まで持ちこたえ、高度経済成長が始まってからは、生産能力が追いつかないのを必死でラインと人員を回して注文をさばき、その傍らで、質のいい外国製品に客を取られないように開発と設計、そして品質管理を汗まみれになりながら続けてきた、常にそういう追いつめられた環境でやってきたんだ、それのどこが「運がよかった」と言うのか、と。

しかし、著者に言わせれば、まさにそれこそが「運がよかった」のです。そのように過酷な環境下で鍛え上げられた工場の生産能力と、技術者の開発力こそが、日本の製造業を世界のトップに押し上げたのだ、と著者は言います。

戦後日本の製造業は、それこそ数限りないプロジェクトXの連続でした。この本はその典型として、トヨタ・ホンダ・日産を中心とした自動車産業を取りあげています。そして、個々のプロジェクトXについて、決して感情的に煽ることなく、数字やモデルを絡めながら丹念に説明してくれています。印象的だったものを列挙してみましょう。

・終戦後の自動車業界においては、慢性的な資金不足と労働力不足のために、否が応でもコストダウンと作業の効率化が進められた。

・たとえば、ベルトコンベア方式では、最も遅い作業者にタイミングを合わせるせいでムダが出るため、多能工によるセル生産方式を取り入れざるを得なかったが、それがさらなる効率化を可能にした。

・また、乏しい生産設備をフル活用するために、安い機械を改良することで高機能化・多用途化し、ぎりぎりの予算で生産ラインを組み立てたが、その経験がのちに設備投資の最大効率化へとつながった。

・「少品種の大量生産」戦略に頼りきったフォードを打ち破ったのは、「多品種の少量生産」戦略で反撃した(それが可能になるほどに開発・生産能力を高めた)トヨタやホンダだった。

・1993〜94年の円高による為替差損・合計2000億円超を、トヨタは血のにじむようなコストダウンによって相殺し、為替変動を耐え抜いた。

・資金力にものを言わせてロボットとコンピュータを大規模に導入したGMは膨大なコスト増で経営難におちいり、逆に、一定以上の効果が見込める箇所にのみ補完的にロボットとコンピュータを取り入れたトヨタは生産性を大幅に上げた。

・工場の生産性で日本に追い抜かれたことに気づいたアメリカは、「日本の製造業の強さを解明する」という国家プロジェクトを掲げ、MITなどの研究機関に多額の資金を投入した。結果として、アメリカはプロジェクト開始時の日本にはかなり追いついたものの、その間、日本企業はそれを上回るハイペースで生産能力を強化してさらに差を広げた。

本書ではこのように、プロジェクトXが20回分も詰まったかのような密度で、ダイナミックな企業競争が描かれています。これだけの生産性向上を成し遂げるには、一体どれほどの努力が必要だったのだろうかと、想像するだけで鳥肌が立つようなエピソードが満載で、読みながら何度「ありえねぇ」とつぶやいたか分かりません。こうして構築された「日本型のものづくりシステム」とも呼ぶべき開発・生産技術は、著者の言うとおり、「まぎれもなく、二十世紀後半の日本が世界に向けて発信できた数少ない知的資産の一つだ」と思います。

しかし。このように工場と技術系は極めて強いにも関わらず、日本のメーカーは総じて低収益に苦しんでいます。今ではすこぶる調子のいい自動車メーカーも、90年代には低い利益率に甘んじていました。なぜなのでしょう。これについて、著者は以下のように述べています。

(バブル崩壊後の日本経済への悲観論に対して)現場系の経営学を専門とする筆者は違和感を持ち続けてきた。なぜなら、筆者自身による測定データや観察事実をみる限り、一九九〇年代半ば以降、日本になお残る一流の生産・開発現場では、大幅な生産性向上や開発期間のさらなる短縮化がハイペースで進んでいたからである。こうした観察結果に従うならば、むしろ、そのようなトップクラスの「もの造り企業」が直面していた最大の問題は、現場の実力は依然として高いにもかかわらず、それが結果としての製品市場での評価や財務業績につながっていなかった、というバランス欠如である。その要因としては、円高、不況、企業戦略の失敗、流通戦略の失敗、財務面でのミス、ブランド力の欠如などさまざま挙げられるが、少なくとも「もの造り現場の総崩れ」というような状況からはほど遠かったのである。

この分析が正しいのならば、メーカーの事務系は、冗談ではなく腹を切って技術系と技能工に詫びなければならないでしょう。なぜなら、円高や不況といったマクロ的要因を除けば、日本のメーカーが不調だった原因は「経営戦略の失敗」「マーケティングの失敗」「財務管理の失敗」「ブランドマネジメントの失敗」と、ことごとく事務系の分野での失敗とされているからです。これはもはや「メーカーの事務系は無能だった」と言われているに等しい、と思います。

そして、自分の内定先をこんなところに出すのは気が引けますが、あえて言いましょう。日立はこういう企業の典型例です。ねえ、日立さん、「技術上手の商売下手」なんていう評判が立つのを許しておくことは、「事務系は無能です」と認めているに等しいんじゃないですか? それでいいんですか? プロジェクトX級の技術者や、数十年かけて鍛え上げてきた工場の生産能力を、事務系の力が足りないせいで活かせないとしたら、情けないというか、悔しいというか、事務系の内定者としてはとてもフクザツな心境です。

とはいえ、日立もここ数年で、グループ戦略本部の設置、ブランド戦略室の設置、マーケティング職の増員、コンシューマ事業統括本部の機能強化、宣伝広告費の拡大、事務系の採用数の増加など、事務系の強化に対してようやく積極的になった雰囲気があります。ですから、「文系と理系を会社の両輪にする」という人事部の宣伝文句もあながち嘘ではなく、社内の実情を反映したものと言えそうです。日立を受ける方は、面接でこのあたりを訴えてみてはいかがでしょうか。「技術系の力を最大限に活かす事務系になります」と。僭越ながら、ぼくは本気で、そう思っています。

というわけで、締めの一言。

あえて言おう、メーカーにこそ優秀な事務系が必要であると! 来たれ、文系諸君、日本を支え、世界と戦うメーカーに!

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2006.03.02

就職活動・一問一答(2)

Q. どうしてメーカーを受けたんですか?

A. これといった理由はありません。以上。

あー、ごめんなさいごめんなさい。でも、そうとしか言えないんですよ。メーカーのエントリー数が一番多くなったのは、偶然というか、単なる結果です。明確な理由はありません。とはいえ、そんなんじゃメーカー志望の方は納得しないでしょうから、後づけで理由を考えてみると、そうですねぇ。

メーカーは「仕事」「給料」「プライベート」のバランスが取れていたのが魅力的だったのかもしれません。

まず、仕事について申し上げますと、メーカー(とりわけ家電や自動車のような最終財メーカー)は、仕事の結果がカタチになって現れることが魅力的でした。ぼくは子どもっぽくて単純な性格なので、結果が見えなかったり、やる意味のわからない仕事を長期間つづける自信がありません。

たとえば、都市銀行の法人営業になったとしたら、担当する中小企業と何十社も継続して付き合いながら、融資を持ちかけたり、ノルマとして課された保険や投資信託を売ったり、株式上場に関わる雑務を引き受けたりすると思うのですが、こういう仕事はたぶん、ぼくには向いていないでしょう。仕事の結果が、よくわからないからです。扱っているものも基本的に金融商品(つまるところカネ)だけですし、そんなふうに数字と営業だけに囲まれた仕事を10年も20年も続けていては、ぼくはそのうち発狂するだろうなと、そう思いました。

もちろん、某都銀のリクルーターさんは「中小企業の社長たちと二人三脚で経営に携わるダイナミックさが味わえる」「企業コンサルタントをもっと奥深くしたような仕事だよ」と何度もていねいに説明してくださったのですが……やはり最後まで興味はわきませんでした。これはまぁ、向き・不向きの問題だと思いますけどね。

ともあれ、こういう金融業やサービス業に就くよりは、メーカーの海外営業として発電所や電車を売ったり、マーケティング担当としてプラズマテレビやパソコンを売ったりするほうが結果がカタチになるから分かりやすいし、おもしろいだろうと考えたわけです。はい。どう見ても単純バカです。本当にありがとうございました。

続いて給料の話に移りましょう。誠に遺憾ながら、メーカーの給料はあまり高くありません。ほかの業種と比べると、むしろ低いほうです。この話題になると決まって、「メーカーの平均給与は、工場勤務の現業職を含んでいるから低く出ているんだ。総合職はもっと高いんだ」という意見が出てきますが(三菱重工の内部事情などを見るかぎり、確かにその指摘は当たっているのですが)、たとえ総合職だけを抜き出しても、30代前半で1000万を超えるマスコミや商社と比べれば明らかに低い、ということに変わりはありません。

具体的にいうと、日立製作所の給料は、30歳700万、35歳900万、40歳1100万、と2chで推測されています(ご丁寧に東洋経済のデータから計算した方もいらっしゃいます。こちら参照)。実際、さきほどの三菱重工も似たような額でしたし、日立がこのくらいということは、労組のおかげで横並び意識の強いほかの電機メーカーも同じくらいなのだと思います。というわけで、当たり前の話ではありますけれども、金が欲しい人にはメーカーは向いていないでしょう。

ただ、代わりといっては何ですが、メーカーはプライベートの時間が多いようです。とりわけ事務系のメーカー社員は、マスコミ・商社・金融より退社時間が早い、と各所で言われていますし、仕事に殺されたくなければインフラ・メーカーに就職しろ、とも言われます。実際に日立の先輩社員さんにお訊きしたところ、「だいたい19時前には退社している」とのお答えをいただきましたし、三菱重工に務めていらっしゃるゴルビー先輩は「霞ヶ関で徹夜している友人に申しわけないほど残業が少ない。上司もそれほど残業している様子ではない」とおっしゃっていました。こうした事情を単純化すると、

公務員・インフラ・メーカー・金融・商社・マスコミ・外資系

という順番で、左に行くほど「低給だけどマッタリ」、右に行くほど「高給だけど激務」というトレードオフの関係になると思います(当然ながら例外はありまして、公務員でも国家一種は殺人的な激務ですし、マスコミでも福音館書店は「マッタリ・超高給」です。あくまで目安と考えてください)。

もちろん、左右のどちらを優先するのかは個人の自由です。しかし、自分の適性が左右のどのあたりに位置するのかはしっかり見極めておかないと、おそらく面接を通過できないでしょうし、仮に採用されたとしても、自分と会社とのギャップに悩むと思います。バリバリ働きたい人がインフラに入ったら仕事がヌルくて腐るかもしれませんし、内向的な人が商社に入ったら体育会系の激務についていけないかもしれません。これについては、また後日書きます。

以上、「仕事」「給料」「プライベート」のバランスについて書いてみましたが、読み返してみると、これでは「どうしてメーカーを受けたのか」の答えとしては力不足のような気もします。というわけで、それについても明日、藤本隆宏先生の『能力構築競争——日本の自動車産業はなぜ強いのか』の紹介をしながら詳しく書こうと思います。しばしお待ちを。

(なお、HITACHI SQUAREでも実際にこういうことを話したのですが、さすがに「2ch」とか「ブラック」とか口走ったのはマズかったかなーと少し反省してます。でも、お利口さんな話ばっかり聞いたって、正直つまんないですよねぇ?)

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2006.03.01

就職活動・一問一答(1)

先日のHITACHI SQUAREでは、就活中の学生さんから根掘り葉掘りいろいろ質問されて、悩みながらそれに答えていたわけですが、思い返してみると、我ながら少しは役に立つようなことを言っていた気がします。今の時期にはちょうど就活中の方も多いことでしょうから、再現して書いてみましょう。どうぞ。

Q. どうして日立に入ろうと思ったんですか?

A. メーカーで内々定をもらえたのが日立だけだったからです。以上。

で、終わらせてしまってもいいんですが、こんなふうに結論だけ答えると、「じゃあどうして日立を受けたんですか」「どうしてメーカーを受けたんですか」「メーカー以外にはどこも受けなかったんですか」と、すかさず追い打ちを喰らうでしょうから、順を追って説明していきましょう。

そもそも、ぼくは特定の業界をねらって就活をしていたわけではありません。思い返してみると、エントリーした22社の内訳は、金融3社、通信2社、メーカー6社、商社4社、コンサル3社、IT1社、マスコミ2社、その他1社と、たいへん節操のないものでした。どうしてこんなに分散しているのかというと、

「よくわからないから、とりあえず全部受けとこう」

と思ったからです。冗談みたいですが、本当にこう考えてました。だって、ぼくみたいに世間知らずの大学生が、「みんなが行くから自分も銀行!」「オレはマスコミしか受けない!」なんていう勝手な思い込みだけで業界をしぼってしまうのは、凄くもったいないことじゃないですか、きっと。その上、ぼくは「自分がどういう業界・会社に行きたいのか」という問いにずっと答えが出せなかったので、まあ、そのあたりを兼ね合わせて、「受けるだけ受けて、合ってるところを見つけよう」という姿勢で就活に臨むことにしたわけです。

とはいえ、あらゆる業界のあらゆる会社を受けるのは不可能なので、ブラック企業を除外し、激務度ランキングの上位も除外し、どうしても興味が持てなかった業界はあきらめ、会社図鑑や業界研究本をあれこれ読んで、エントリーする会社をしぼりました。その結果、さっき書いたような22社にエントリーすることに決めたわけです。

んで、最終的に、日立製作所と、某携帯電話会社から内々定をいただきまして、いろいろ考えた末、日立に行くことにしました。日立だと海外に出張・駐在するチャンスが多いよ、と人事さんに言われたのが決め手だった気がします。

繰り返しになりますが、ぼくが日立に決めたのは「受かったから」です。はじめから日立だけを狙っていたわけではありませんし、日立に落ちて他の会社に受かっていたら、そっちに行っていたかもしれません。というか、エントリーした22社はことごとく各業界のトップ3に入る有名企業だったので、「この22社の中ならどこに受かってもいいや」と思っていました。そういうことです(とはいえ、後日書きますように、都市銀行、損害保険、生命保険には、あまり興味はありませんでしたが)。

あーはいはい、すみませんねぇ、志望動機もクソもない「なんちゃって内定者」で。代わりといっては何ですが、日立に関する情報を「ネコでもわかる日立入門」としてまとめておきましたから、参考までにどうぞ。また、日本経済新聞社から出ている『日立——技術王国再建への決断』という本もためになるので、本気で志望なさっているのであれば、一読をオススメします。また、藤本隆宏先生の『能力構築競争——日本の自動車産業はなぜ強いのか』も、日立を志望する動機のひとつになりました。「自動車」と「電機」で業界が違うのにどうして役に立ったのか、という点については、また後日書きます。ちょっと待っててください。

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2006.02.21

HITACHI SQUARE

という就職イベントに駆り出されてきました。本来ならば、ここで就職についての教訓をいろいろ語るのがスジなのでしょうが、そんなものは後回しです、今回に限っては。なぜなら、ぼくのオタク魂に火をつけるようなモノが、就職イベントで公開されたからです。それは、

「プロジェクトX・日立バージョン」

とでもいうべき映像作品。イベントの開始時にいきなり見せられて、いきなり感動させられました。おまえは、オレがプロジェクトXにどれだけ弱いのか知っているのかと、オレの涙腺を破壊する気かと、人事さんを小一時間問い詰めたくなりました。

まぁ、ぼくが感動しているだけなら話はそれで終わりなのですが、来場した学生さんも「感動しました」「プロジェクトXみたいでした」と何度も言ってましたし、辛口の住人ばかりの2chでも珍しく大好評で、もう一回見たいという声もちらほら上がっています。それだけ完成度の高い作品だったのでしょう。

と、感想ばかり書いても、見ていない人にはワケワカメだと思いますので、ぼくの記憶に残っている範囲で(残っていない範囲はテキトーに補充して)文章だけで再現してみます。映像と音楽は脳内補完で、お楽しみください。


1868年、明治維新

——日本の近代化の歴史が始まる

1900年代、重工業における産業革命

——近代化が加速する

しかし、当時の日本はまだ、

近代化を支える電力、生活を支える電力を、

外国の技術に依存しながら生産していたのだ

そこに、一人の男が立ち上がった

——小平浪平

日立製作所の創業者である彼は、

鉱山の近くの丸太小屋で、発電技術の開発に明け暮れた

「日本人の手で自主技術の開発を」

外国人技師に頼り、技術を理解しないまま導入する、

この状況を変えなければ、日本に未来はない

——その思いを胸に、丸太小屋にこもり続けた

「不可能だ」と言われた

「諦めよう」と何度も思った

しかし、投げ出さなかった

いつしか、彼の「志」に心を打たれた男たちが、

丸太小屋に集まっていた

ここから、日立の歴史が始まる

1910年、電動モーターの開発に成功

——国産技術による発電所建設への道をひらく

1924年、国産初の電気機関車を開発

——鉄道輸送に革命を起こす

1932年、電気冷蔵庫の第一号を開発

——生活家電の先駆けとなる

1964年、東海道新幹線の車両を製造

——国鉄と協力し、世界初の新幹線開通を実現させる

1975年、Mシリーズ大型コンピュータシステムを完成

——情報化時代の基盤をつくる

資源を持たない日本が、過酷な国際社会でいかに生き残るか

日立が選んだ道は——

「科学技術立国」

技術の力でこの国を支えること

技術を通じて社会に貢献すること

それは今もなお、日立の使命であり、存在意義である

そして、2006年

丸太小屋から始まった日立は、

生活インフラを支え——プラズマテレビ、DVDカム

交通インフラを支え——九州新幹線つばめ、つくばエクスプレス

情報インフラを支え——統合システムBladeSymphony、指静脈認証

電力インフラを支え——国内沸騰水型原子力発電所、海外輸出火力発電所

社会のあらゆる分野を支える

世界有数の総合電機メーカーへ成長していた

しかし、日立の挑戦は、まだ終わらない

HITACHI Inspire the Next

文章だけ見るとまあフツーですけど、これを音楽つきの映像で見せられると、かなりグッと来るものがあります。技術者の使命感を称えてるところとか、古き良き時代へのノスタルジーとか、ナショナリズムの煽りっぷりとか、さじ加減も絶妙。どう見てもプロジェクトXです。本当にありがとうございました。

というわけで、M@D MOVIEファンのはしくれとしては黙ってはいられず、人事部長さんに「ほしいです」と言ったのですが、「ダメ。あげない」とさっくり断られてしまいました。いや、べつに意地悪でダメと言われたわけではなく、事情を聞いたら確かにもらえないことは納得できたのですが、それにしても……残念ッ!

しかし、地球上で日立の人事さんしか持っていないということは、まさに入手難度Sランクの超レアモノです。入社して当面の目標は、人事部の方と懇意になって裏ルートであのムービーを手に入れることになりました。がんばります。

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