2006.01.08

投資としての蕩尽

卒論の気分転換もかねて、かっつさんと「Sound Horizon」という楽曲団のライブに行って来ました。いや、ライブってのは正確じゃないな。DVD上映会を兼ねたライブか。音楽そのものも聴きごたえがあったんだけど、それよりもMCさんのトークが妙味たっぷりで観客を上手くノせてくださったので、たいへん楽しめました。ごちそうさまでした。

それにしても、かっつさん(を含むバンドファン)の様子を見ていると、どうしてそこまでの大金をライブやCDにつぎこめるんだろう、という疑問がわいてきて仕方がありません。年間50万円使うとかありえないし。今日もこれをかっつさんに訊いたところ、だから「信者」と「儲け」は漢字も意味も紙一重なんだって言ってんだろ、といういつもどおりの鋭い返答をいただきました。ありがとうございました。

でも、音楽が聴きたいだけなら最小限の枚数のCDを買えば済むはずなのに、発売されるCDやDVDをことごとく買ったり、毎回欠かさずライブに行ったり、各種のファングッズまで買いあさったりするのは、単なる蕩尽ということでは片づけられない気がします。そこには、そのバンドに今後もがんばってほしいから投資する(お金に困って活動停止しないでほしい)という意味が含まれていますよね、きっと。出した金は返ってこないので、投資ではなく「活動費を支援する」とか「無償で出資する」って言ったほうがいいのかもしれませんけど。

あー、だからインディーズバンドって活動が細々としてるわりに信者が多いんですかね? いやすみません、何となく思っただけです。他意はありません。許してください。

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2005.07.04

いささか先生、いささかやりすぎ

昨日「裏ミュージックバトン」なる記事を書いたところ、一部の知人から危うく縁を切られそうになったので、ちょっと本気で弁解させてもらいます。

わたくし、あれを書いていた時点で『巫女巫女ナース』なんぞ聴いておりませんし(そもそもiTunesにそんな電波曲は入ってません)、『痴漢者トーマス』とかいうエロゲーも買ってませんし、『金太の大冒険』や『又吉イエスの政見放送』は、たくさん聴いたわけでも、特別な思い入れがあるわけでもありません。

全部ネタです。ギャグです。妄想です。でっちあげです。

お願いですから引かないでください。フェラ豚野郎とか、ババアの脱糞とか、Fuckin'ダルマとか、下劣なことばづかいがお気に召さなかったのならお詫びしますから。許してください。長いお詫びが読みたい方は、下の文をどうぞ。

「えーと、裏ミュージックバトンの件について、ということなんですけれども、まあ、当面の課題としては、さまざまな問題があることも事実でありますが、そうしたことも考えあわせて、謙虚に受けとめながら、これからの論議の中で追求していきたいと思うわけでありますけれど、今後の方向性としては、誠意をもって当方で協議した上で、可及的速やかに、かつ前向きに検討して、皆さんに納得してただけるように、誠心誠意、実現に向かって鋭意努力を重ね、十分に話しあい、皆さんにも是非ともご理解いただいた上で、具体策に絞って実現を目指すつもりでありますが、なにぶん複雑な案件でございますので、この件に関しましては、持ち帰って検討いたしました上、事務方および弁護士とも相談し、関係各所にも確認を取りながら、可能な限り善処していく所存でございまして、そのため、遺憾ではありますが、正式な回答は後ほど書面をもって通達させていただきたいと、そのように考えているところでございますので、誠に恐縮ながら、この場での明言は差し控えさせていただきたく存じます(棒読み)」

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2005.07.03

裏ミュージックバトン

国家酒席氏から「7月1日のミュージックバトンは汚れてないからダメだ。もっと汚物まみれの紹介文を書け」と言われたので、別のパターンを書いてみた。しかし、いささか罵倒芸が過ぎたかもしれない。かといって、反省する気はさらさらないが。

■Total volume of music on my computer 

オレのFuckin' iTunesには355MB入っている。まるで肥溜めに溜まりきったクソだ!

■Song playing right now

『巫女巫女ナース』だが、それがどうした? オレに何か訊くなら、その腐った口からゲロする前と後にSirと言え! わかったか、貴様らは今からウジ虫だ! 地球で最下等の生命体だ! 返事なし? アカの手先のFuckin'フェラ豚野郎が! いいだろう、じっくり可愛がってやる。泣いたり笑ったりできなくしてやる! それとも、四肢切断されてFuckin'ダルマになりたいか!? 畜生以下のクソバエどもが。ババアの脱糞のほうがまだ気合いが入ってるぞ! 

■The last CD I bought

エロゲー『痴漢者トーマス』だが、構わんだろう。それとも何か? ゲームのCDはCDじゃねえってのか? ふざけるな! てめえ、タマついてんのか! 謝れ! エロゲーユーザーに謝れ! 世界20億人のエロゲーユーザーに謝れ! ああ!? 謝罪が聞こえんぞ! 頭がFuckするまでしごかれたいか、PTAの手先のFuckin' 食糞野郎! 謝罪しる! ひざまずけ! はいつくばって、フンドシ外せ! だが、マスかきやがったらぶっ殺すぞ! オレがこの世でただ一つ我慢できんのは、エロゲーユーザーを差別しやがる偽善者どもだ!
 
■Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me
 
1. 『金太の大冒険』……キンタマという歌詞が20回は出てくる性器の名曲
2. 『唯一神・又吉イエスの政見放送』……演説中に3回ぐらい世界が滅びかける
3. 『愛国戦隊大日本&共産戦隊大ロシア』……どちらも一歩も譲らぬ時代錯誤
4. 『死ね死ね団のテーマ』……日本人は邪魔っけだ! 黄色い猿めをぶっつぶせ!
5. 『天罰!エンジェルラビィ』……天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!

■Five people to whom I'm passing the baton

こんなクソバトンを託せるのは、やはり、かっつさんしかいない。あとは頼んだ。

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2005.07.01

ミュージックバトン

ミュージックバトンというのは、名誉町民さんによると「海外のブログに端を発する、音楽に関する企画。 音楽に関するいくつかの質問が『バトン』として回ってきたら自分のブログ上でこれらの質問に答え次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルール」なのだそうです。

んで今回、ぼくにもお鉢が回ってきました。名誉町民さんと、国家酒席さんと、Nさんから3本一気に渡されたので、さすがに無視するわけにもいきません。少しリキを入れて書いてみましょう。

■Total volume of music on my computer 

うちのMacのiTunesには355MB入っている。曲数は58曲。少ない方だと思うけど、それだけ厳選しているのだ。たくさんありすぎると、聴きたい曲が探しにくいし。

■Song playing right now

・P-Rhythm『聖域 -Sanctuary-』
 心から愛する人が死んだとき、世界は意味を喪失するという。目に映る景色は精彩を失い、耳から入る音は響きを失い、世界は意味の体系を失って、あげくは自らの存在理由も見出せなくなる。残念なことに、というべきか、幸いなことに、ぼくはまだ最愛の人をなくしたことはない。ただ、万が一そんなことになれば、ぼくにとっての世界は死ぬだろう。そしておそらく、死んだ恋人より愛せる人を見つけることもできないだろう。この歌がうたっているのは、そんな、愛する人に届けられなかった想いだ。一掴みの花を鳥に託して、遠く、遠く、万里を越えて、世界のどこにもいない最愛の人に、届かないとわかっていても最後のことばを伝えたい。たとえ世界のすべてが汚されても、その人のいる場所だけは、世界で唯一の聖域として記憶しつづけていたい、という、限りなく一途な想いで詞が書かれている。曲調も静かで美しく、全体がシルクロードの風を連想させるメロディーに貫かれていて、砂漠の荒涼とした景色が目に浮かぶ。広漠とした寂寥感を心の底から味わいたい方に、掛け値なしでおすすめ。(このP-Rhythmっていうバンドさん、これ以降あんまり曲出してないみたいで寂しいです。がんがってください)

■The last CD I bought

・大塚愛『金魚花火』
 すべてのものは失われていく。これはおそらく、生きているうちに誰もが何度も思い知ることだ。大切な家族も、親しかった友人も、愛していた恋人も、忘れないと誓ったはずの約束も、ぼくたちが望もうが望むまいが、いずれは跡形もなく消えていく。と、誤解されないように言っておくが、この歌は、そんなわかりきった無常観を歌詞にして押しつけてくるわけではない。歌詞にあるのは、ほんのわずかな寂しさだけ。ただ、夏の夜の静けさと、小さな金魚花火が燃えつきていく姿だけだ。そう。それだけなのに、いやあるいは、だからこそ、この曲は消えゆくものの美しさを見事に歌っている。夏の匂いと雨のなかで、輝きながら落ちていく金魚花火と、一瞬だけ見える恋人の優しい顔。歌い手の大塚愛は、この歌詞を幾度となく繰り返すことで、夜の深さと、金魚花火のわずかな煌めきとのコントラストを、目をつぶれば本当に浮かんできそうなほどに伝えてくる。曲のメロディーも、繊細なのに芯の強さがあり、歌詞と完璧にシンクロする。また、細部にこだわることにも余念がなく、歌詞はカタカナ語を排して和風っぽく統一されているし、木琴の音色を絶妙なタイミングで差しはさむことで、終わりゆく夏の季節感もきれいに演出している。ことばだけでは表せない喪失感を、歌として聴きたい方に。心からおすすめできる一枚。(GREEのレビューからのコピーで失礼。大塚愛さんは、この曲だけが例外的に好きです)

■Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me

・ケツメイシ『さくら』
 散りゆくものこそ美しい、と改めて感じさせてくれる名曲。さながら、時の流れそのものを映す沙羅双樹の花のように、桜の花は散っては咲き返り、そしてまた散ってゆく。すべてがあのころのままの景色のなかで、大切な人の姿だけが幻影のように消えていく。どれだけ「あのころのまま」を望んでも、最もかけがえのない人だけは記憶の中にしか留められない。まるで、手のひらからこぼれてしまう想い出のように。叙情的なメロディーに乗せて「叶えられない約束」を歌っているのが、痛々しいほどに切ない。

・ZONE『secret base 〜君がくれたもの〜』
 何かを失ってはじめてその大切さに気づく、というのは、人間関係においても例外ではない。別れるそのときになって友達のかけがえのなさを知るという経験は、おそらく多くの人が胸に秘めている苦い思い出だろう。一緒に花火を見たこと、秘密基地で遊んだこと、将来の夢を語り合ったこと。歌詞の主人公たちは誓う。「最高の思い出を、ぼくらはきっと忘れない」。彼らは10年後の8月に、また、出会えたのだろうか。別れと、そして再会を約束した名曲。

・BUMP OF CHICKEN『天体観測』
 タイトルに反して、天体観測の歌ではない、と断言したほうがいいかもしれない。むしろ、天体ではない何かを必死で探している歌だ。かといって、それは真実とか、幸福とか、そんな陳腐なことばで表せるものでもない。「見えないものを見ようとして」「知らないものを知ろうとして」「見えてるものを見落として」探しているものは何なのだろう。リズミカルで乗りやすいにもかかわらず、どこか寂しさが漂うメロディーが曲にさらなる深みを与えている。イチオシの一曲。

・坂本龍一『戦場のメリークリスマス』
 戦場では数限りない命が失われる。無数の兵士が銃で撃たれ、銃剣で刺され、拷問され、疫病に倒れ、兵站を絶たれて餓死する。ある者は、いや、極限状況では誰もが思うだろう。善も、悪も、生も、死も、すべてが無意味なのではないかと。あらゆる判断を放棄してしまいたくなるような地獄が、戦場には存在する。ただ、だからこそ、そんな場所での「メリークリスマス」は響くのだ。坂本龍一風の穏やかな曲調で奏でられる、鎮魂歌のごとき名曲。

・加古隆『パリは燃えているか』
 底冷えする恐怖、という概念をそのまま音楽化したらこんな曲になるのかもしれない。静かな曲のはずなのに、恐ろしいほど音が重い。ぼくが『映像の世紀』を見ているせいもあるだろうが、この曲は、戦争も、殺戮も、爆撃も、拷問も、奇形児も、強制労働も、民族浄化も、そして、人類に残されたほんのわずかな希望もすべて飲み込んで、その上に音楽を創り上げてしまっている。BGMとしては比類なき傑作。

■Five people to whom I'm passing the baton

5人もいねえよ! 代わりに一騎当千の強者、かっつ氏にバトンを託す。JILSでもヴィジュアル系でも好きなように語ってくれ。

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