2006.01.06

男たちの大和/YAMATO

決してヒマではないんだけど、書きたくなったのでもう一本、映画のレビューを書いてみた。今度はオススメできる作品なので、ぜひどうぞ。

『男たちの大和/YAMATO』(監督:佐藤純彌、原作:辺見じゅん)

これだよ! オレが求めてたのはこれなんだよ! 2005年を振り返ってみると、日本の戦争映画は『ローレライ』から『亡国のイージス』に至るまで不作・凶作続きだったけど、年の瀬になってついに10年に1度レベルの良作が出てきやがった。見直したぜ、東映&角川!

本作のどこが良いかというと、『ローレライ』『戦国自衛隊1549』『亡国のイージス』のダメな所をことごとく直したらこんな映画になるんだな、という素晴らしい見本になってるところ。人間模様を描くドラマシーンは上滑りしてなくて骨太だし、どーでもいい平和論を演説する代わりに、人を殺して画で見せているし、その画を見せるための戦闘シーンも徹底的に作りこまれている。

『ローレライ』みたいに「今日会った人といきなり強い絆で結ばれました」的な不自然さもなければ、『戦国』みたいにヌルい演技とセリフもほとんどなく、『イージス』みたいに背景の説明不足でワケワカメなところもない。ほんと、感心するほどよく練り込まれている。福井晴敏シリーズも、3作にかける資金を1作に集中すればこれくらいの完成度になったんじゃないか……と思ったけど、よく考えたら製作会社がちがう上に、そもそもの脚本がグダグダなところにいくら金を注ぎ込んでもやっぱりグダグダな気はする。やはり脚本の勝利か?

そう、そのとおり。脚本は本当によくできている。たとえば、昨日レビューした『炎のゴブレット』は、全編を息もつかせぬびっくり箱で埋め尽くして、力技で(ありていに言えば強引に)物語を進めていたけど、『大和』のシナリオは決してそんな一本調子じゃない。幼なじみとのありふれた帰り道とか、理不尽な軍隊教育とか、抑えのきいた司令官クラスの会話とか、全力で泣かせようとしてくる別れの場面とか、強烈な迫力の戦闘シーンとか、多彩な要素をうまく組みあわせて、2時間30分を飽きることなく過ごさせてくれる。現代編のシーンが必要だったのかどうかは意見が分かれるところだろうけど、全体を通してみるとすごく上質なシナリオだ。

ただ、脚本だけの勝利かというと、もちろんそんなことはない。そもそも、この映画は特攻隊の話なので(大和の最後の任務はその名のとおり水上特攻)、何をどうやったって悲しくなるのだ。その意味では、上記の3作品は土台からして負けていたのかもしれない。

特攻の描き方も、バランスが取れていて好感がもてる。特攻を過度に賛美するわけでもなく、逆に貶めるわけでもない。あどけない少年兵たちが「死ぬ覚悟はできています!」と叫ぶのを聞いたあと、上官は凄みのきいた声で「あいつらに死ぬ覚悟なんてもんが理解できてるとは思えん」と苦しむし、大和を率いる司令官は「一機の航空機の支援もなしにこんな作戦が成功すると思うか!」と参謀本部に激昂するけれど、とある下士官は「負けて目覚める。それ以外に日本が救われる道はない」と死を受け入れる。一方では「死ぬる覚悟が武士道である」「故郷の家族だけは、あいつらだけは守ってやりたい」と、散る花の美しさを描きながら、もう一方では「死んだらあかん」「生き残る者が必要なんじゃ」と、残る花の切なさも描く。この如何ともしがたい対立と葛藤が、作品のドラマ性に深みを与えている。

おまけに、俳優陣の演技もやたらと熱が入っていた。上映前は、渡哲也さんがかっこよさそうだな、とだけ思っていたが(実際シブくてかっこよかったけど)、二枚看板となる反町隆史さんと中村獅童さんはそれ以上に、アツい、ヤバい、間違いない! やっぱり脚本がいいと役者さんも燃えるのか、ほかの映画やテレビ番組とは気合いの入り方がまるで違う。思わず男惚れしてしまったぜ。うほっ、いいオト(ry

そして何といっても、本作のキモは徹底的な戦闘描写だ。終盤の特攻シーンで、大和は300機以上の戦闘機から雷雨のような機銃弾と爆弾と魚雷を食らわされることになるのだけれど、その絶望感たるや圧倒的。兵士たちは機銃弾を浴び、噴水のように流血しながら壁に叩きつけられ、ある者は急降下爆弾の直撃で原形を留めず、ある者は鉄塊の下敷きになり、ある者は真っ赤に染まった死体置き場に放り込まれる。爆煙と火薬の匂いが充満するなか、命拾いした兵卒たちは、血と海水でぬかるんだ甲板の上を必死に逃げる。

空中からの俯瞰シーンも圧巻。ハリネズミのごとく弾幕を張って防御する大和を、おびただしい数の戦闘機が取り囲んで過剰攻撃で沈めようとしている映像には、誇張なしに鳥肌が立った。

あと、小さいところで効果的だと思ったのは、セリフの端々での「ヒロシマ」という単語の使い方。大和の基地が呉にあるせいもあるけど、登場人物が「実家は広島なんよ」とか言うたびに、胸の奥がずっしりと重くなった。脚本家さん、これはもちろん確信犯ですね? ったく、あざといよな、こんちくしょう。

と、ここまでさんざん褒めてきたけど、もちろんこの作品にも欠点はある。気になったところでは、シーンごとの変わり目が上手くつながっていない(ような気がする)ので、中盤では唐突に戦闘シーンが始まってしまって何が起きているのかわからなかったし、後半、別れの場面からいよいよ最期の戦いに突入していく流れでは、せっかく別れの場面で高まった感情が、戦闘シーンに上手く乗っていかない。ここはすごく損をしているんじゃない?

それと上でも書いたけど、現代編パートが本当に必要だったのか、という疑問もある。過去編と現代編の映像がいちいち行ったり来たりするせいでストーリーの流れは確実に悪くなっているし、そもそも現代編で何をやりたかったのかよくわからない。大和の生存者2人はどちらも大和の亡霊に囚われて生きてきたみたいだけど、ぼくはそこにはリアリティが見出せない。大和が沈んでから60年も生きてきたのなら、彼らにとっては大和だけが人生のすべてではなかったはずだ。大戦が終わって文字どおり焼け野原となったこの国が、かつての敵国に占領されながら恐るべき速度で復興を果たし、ふたたび欧米諸国に伍する大国へと上りつめた、その激動の戦後を、彼らは生きてきたはずなのだ。その意味で、この作品は「戦後」を描くことには成功していない。けど、一作の映画にそこまで要求するのは酷というか、たぶん無理だな。これは仕方がない。

ともあれ、結論としてはなかなかオススメです。近いうちに映画を観たいけれども、何を観るのか迷っているのであれば、是非ともこれをどうぞ。

最後に。この映画に誘ってくれた名誉町民さんに感謝いたします。

P.S.
ちなみに、こちらの話だと次は『ミュンヘン』ってのが凄いらしいですよ。公式サイトによると公開は2月4日。今から楽しみで仕方がないわ。

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2006.01.05

ハリー・ポッターと炎のゴブレット

締切5日前にして卒論に飽きてきたので、年末に観た映画のレビューを書いてみた。次に観るための参考にでもどうぞ。

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(監督:マイク・ニューウェル)

うーん。評価に迷う映画だなぁ。いや、おもしろいよ? そりゃね、ここまでエンターテイメントを極めた作品は過去にないってくらい豪華だもん。物語は休むヒマもなく前へ前へと突き進んでいくし、相変わらずCGにはべらぼうな金をかけてることがわかるし、小学生が観たら3時間ずっと喜んでいそうな勢いの映画だと思う。

でも、ぼくはこれを心の底から賞賛する気にはなれない。

勘違いしてほしくないんだけど、これは「娯楽映画すぎるからダメ」ということじゃない。むしろ、ぼくはハリウッド製の娯楽映画がとっても大好きで、フランス製の(監督の公開オナニーとしか思えない文学だの哲学だのをあからさまに手抜きの脚本と演出で延々と語り続ける両生動物のクソをかきあつめた程度の価値もない)映画は吐き気がするほど大嫌いなので、その点は安心していただきたい。おもしろい映画ならおもしろいという理由だけでぼくは絶賛するし、つまらない映画ならどんな崇高な哲学を持っていようとクソであることに変わりはない。

その前提を踏まえた上でもなお、ぼくはこの映画のおもしろさを素直に認められない。繰り返しになるけど、おもしろくないわけじゃない。確かにおもしろいのだ、この映画は。でも、それは決してストーリーに引き込まれるタイプのおもしろさじゃない。むしろ、その場その場のアクションやCGが凄いせいで、ストーリーはわからないけど無理矢理おもしろいと思わされている、という感覚に近かった。

冷静に考えれば、この映画はよくわからない展開の連続だ。ぼくの理解力がないだけ、と言われてしまえばそれまでなんだけど、たとえば、冒頭の幽霊屋敷っぽいシーンの意味は最後までわからなかったし、ワールドカップのテント村が襲撃された理由もよくわからないし、三大魔法学校の対抗試合が開かれるのはわかったけど、ハリーとチャイニーズっぽい女の子との絡みもいまいちわからない(映画が終わったあと、近くの女子高生が「あれがハリーの初恋らしいよ」と話しているのを聞いて「えぇ?」と思った)。んで、どうして最後はいきなりあんなとこにワープしてんの? いろんなところがわからない。

ただ、帰り道で彼女と感想を話し合っているうちに、なんとなく作品の性格はつかめた。要するに、この映画はびっくり箱の連続なのだ。とりあえず、三大魔法学校の対抗試合っていう全体的な流れはあるんだけど、作中で重視されているのはストーリー進行のなめらかさではなく、そのシーンごとにいかにびっくりさせて、おもしろがらせるか(その陰でどれだけこっそり謎解きのための伏線を張れるか)ってとこなんだろう。

火を吐くドラゴンが出てきて追いかけ回された。びっくり。水中でも怖い人魚に追われて命からがら逃げた。びっくり。迷路を抜けたら夢と同じところにワープして、お約束のあの人が出てきた。わーおびっくり。そして、最後はいろんな謎が解けて「そうだったのか」とみんな納得(するものらしいけど、ぼくには「謎が解けた!」というカタルシスはあんまりなかった。いや、だって、30分前にちょこっと出てきた人が犯人でしたとか、そんなこと言われても正直「はぁ」って感じですよ)。

そんなわけで、ぼくはストーリーにのめり込むことはできなかったし、主人公たちに感情移入もできなかった。事件が次々に起きて物語はめまぐるしく展開していくけど、そこにはドラマがない。いや、実はドラマはあるのかもしれないけど、それ以外の要素が騒がしすぎて、ぼくには伝わってこなかった。結局のところ、ハリーは何のために戦ってるの? その動機は? 信念は? 苦悩は? 挫折は? その先にある成長は? そこらへんのドラマをきっちり描いてくれないと、このシリーズはおそらく単なる「豪華なエンターテイメント」で終わる、ような気がする。まあ、もともとは子ども向けの物語だから、それでもいいのだろうけど。

あと、細かいところで文句を言わせてもらうと、絵になりそうなアクションシーンは省略しないでほしい。後生だから。冒頭のクィディッチ・ワールドカップの試合とか、ハリー以外の選手がドラゴンと戦うシーンとか、すげーおもしろいことが始まりそうな雰囲気だったのにスッ飛ばされて肩透かしをくらった。放置プレイは勘弁してくれ。

以上、ハリポタファンの方、けなしてばっかりでごめんなさい。原作も読んでない部外者の書いたことですので、どうかご寛恕のほどを。

さて、と。そろそろ卒論に戻るか。

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2005.09.03

ぼくと彼女と戦争映画

このごろ観た映画のレビューを2つほど。デートや暇つぶしの参考にでもどうぞ。

『宇宙戦争』(原作:H.G.ウェルズ、監督:スティーブン・スピルバーグ)

タイトルからしてB級映画っぽいし、過剰に期待しないほうがショックも少なかろう、と半分あきらめモードで観に行ったら、どうしてどうして、素晴らしいほうの意味で見事に裏切られた。この映画、B級どころか超A級じゃん。ただし、SFとしてではなく、ホラーとして、という但し書きが付くけれども。

監督のスピルバーグさんは、およそ考えられる限り、ありとあらゆる恐怖をこの映画にぶち込んでいる。襲ってくる相手は、地球外生命体であることを除けば完全に正体不明で、目的も行動パターンも意味不明、さらにはどうしようもなく不死身に近い。そして、人類には理解できない全く別種の論理と思考回路にもとづいて動きまわり、次元違いの科学力でもって地球人を殺し尽くす。人類側の兵器は泣けてくるほど無力で、避難する民間人を守ろうとした陸軍の大部隊が足止めにもならずに焼き尽くされていく。原作の表現を借りるなら、まさに「顕微鏡の下でうごめく微生物を処分する」レベルの認識でもって人類は大量殺戮されていく。自分の理解が及ばない化け物どもに皆殺しにされるってのは、ここまで恐ろしいことだったのか、と上映中は震えっぱなし。

殺戮と破壊の描き方も、やりすぎなくらい徹底的。つーか、映画を観に来たじいさんばあさんをショック死させようとして作っているとしか思えない。壊しっぷりが尋常ではないのだ。高層ビルも高速道路も大音響とともに木っ端微塵に吹き飛ばし、飛行機を墜落させたかと思うと客船も転覆させて、さらには焼いた列車を火ダルマのまま走らせる。運良く生き残った人間たちはパニックに陥って逃げ出すが、逃げ切れるはずもなく、宇宙人に容赦なく皆殺しにされていく。混乱の中で、人間同士も生き延びるために殺し合いと略奪に走る。

さらに怖いのが「音」。宇宙人の殺戮兵器がお出ましする瞬間には必ず、鼓膜をぎりぎり圧迫する重低音が鳴り響く。そして開始されるのは、宇宙人による一方的な破壊と殺戮。シーンが変わっても安心している暇はない。「逃げ切れてよかったね」と、観客が落ち着きかけたところを狙ってふたたび重低音が鳴り響き、画面は火と光線と無数の死体に埋め尽くされる。それが何度も何度も繰り返されるもんだから、映画の中盤以降はその音がトラウマになる。マジでこえーよ。

主演を張るトム・クルーズとダコタ・ファニングの演技も見事。今作のトム・クルーズは(ぼくが知っている限り)過去のどの出演作よりも人間くさくて、必死で、本当に「役者」をやってると思う。恐怖に駆り立てられて半狂乱になりながらも、家族を守ってとにかく逃げて、逃げて、弱くても、醜くても、汚物まみれになっても、ひたすら逃げて、隠れて、生き延びる、という役どころを全身で演じきっている。失礼な話だけど、役者としての彼をすごく見直した。今までよくあった「主演トム・クルーズあっての映画」ではなく「映画あっての主演トム・クルーズ」に徹したことが、かえって彼の演技を深めていると思う。娘役のダコタ・ファニングも、パニックで泣き叫ぶ演技やら、どうしようもなくなって感情の起伏がなくなる演技やらがヤバいくらい上手くて、作品の恐怖を際立たせる。ほんと、やることなすこと全てが徹底的。

ちなみに、この映画は彼女とのデートで観に行ったんだけど、あまりの怖さに、映画のあとの喫茶店では会話が激減。口から出ることばは「怖すぎる」とか「胃が重い」とか、そんなのばっかりだった。おもしろさは保証するけれども(少なくともスターウォーズ・エピソード3よりはおもしろかった)、デートで観に行こうとしている人は、今からでも遅くないので考え直していただきたい。ついでに、m@stervisionさんのレビューもタメになるので必読。

『亡国のイージス』(原作:福井晴敏、監督:阪本順治)

なんつーヌルい映画だ。原作が少しおもしろかったから映画もそれなりに出来ているだろう、と思いこんで行ったら、まるっきり期待はずれだったじゃねーか。ったく、最後まで観た自分を誉めてあげたい。「退屈に耐えて、よくがんばった! でも感動しなかった!」。

ストーリーは周知のとおり。某国のテロリストが最新鋭のイージス艦を乗っ取り、ミサイルの弾頭に特殊兵器GUSOHを搭載して、その照準を東京へ向ける。反乱を鎮圧しようにも、最新のレーダーシステムと大量のミサイルを装備したイージス艦の守りは鉄壁に近く、上空、海上、海中のどの位置からも攻略は至難。テロリストから途轍もない要求を突きつけられた日本政府は、残された10時間でどう対応するのか。

と、あらすじだけ読むとおもしろそうなんだけど、実際の映画はつまらなかった。いちばん辟易したのは、敵も味方も語ってやまない安全保障論もどき。どいつもこいつも「日本人は平和ボケだ」という内容を同形反復してるだけの薄っぺらい演説を延々繰り返しているだけ。あっそ。無駄な演説してる暇があったら、人を殺して画で見せろ。仮にも「映画」だろうが、これは。ミサイルで護衛艦を沈めたのなら、「沈みました」で終わりじゃなくて、爆発と炎の下で自衛隊員の腕や足がちぎれて血まみれになっていたり、全身が炭化して即死していたり、助からないと分かっている仲間を必死で担いで漆黒の海に飛びこむといった「リアリティのある死」を見せてくれないと。百聞は一見に如かずの喩えのとおり、平和がどうのこうのとぐだぐだ喋るよりも100倍は説得力があるはずだ。が、残念なことに、本作にそんな場面は一つもない。護衛艦が沈んでもレーダーから消失するだけ。殺人の描写はせいぜい、艦内の戦闘シーンで相手を拳銃で撃ち殺すといったアクション映画レベル。やれやれ。

ついでに言うと、原作より戦闘シーンが激減しているのにも萎えた。あのさー、戦争映画なのに戦闘シーンを削ってどうするのさ? いや、原作の前半でつらつら語られていた人物と舞台の設定やら、ミステリーの積み重ねやらを一気に省こうとしたのは、まあ英断だと思う(お世辞にも成功しているとは言えないけど)。でも、スタンダードミサイルでF-15戦闘機を撃墜するシーンとか、Mk46短魚雷で潜水部隊を一掃するシーンとか、画になる戦闘シーンをなぜ省く必要があるんだ、おい? 結局、イージス艦が発射したのはミサイル2発と、信号弾としての魚雷1発だけ……って、ちょっと観客ナメてない?

そもそも、予告でも冒頭でも「ギリシア神話における無敵の盾」なんてカッコいい見栄を切ってるんだから、実際の戦闘シーンでも鉄壁ぶりを見せてもらわないとコケおどしで終わっちゃうじゃん。「無敵の盾」を見せつけるならば、たとえば、イージスシステムをフル展開して、迫り来る護衛艦、潜水艦、戦闘機、あわせて30個を越える目標を同時捕捉しながら、それぞれに対して主砲、スタンダードミサイル、シースパロー、ハープーン、アスロック、魚雷を同時5弾発射、7弾発射、12弾発射の間髪入れない波状攻撃で撃沈・撃墜しつくす。主砲、ミサイル、魚雷の合計発射数は最低でも50発で、半径5kmの防御線の内には一切の敵を近づけさせない。さらに、その裏で死んでいく自衛隊員たちの血と死体を徹底的に描く。さらに、可能ならば(現実の海上自衛隊は持っていないがフィクションということで)トマホーク巡航ミサイルを東京都庁に撃ち込んでツインタワーを崩壊させ、特殊兵器GUSOHによる東京全滅がブラフでないことを日本政府にも観客にも刻みつける。

というぐらいのことをやらないと、この映画はおもしろくならないと思う。あと、細かいところに突っ込みはじめると、如月行の過去が説明不足で意味不明だったり、女工作員ジョンヒの役割や行動がこれまた意味不明だったり、宮津副長とヨンファのつながりもワケワカメで、お願いだから丸ごと削るか、ちゃんと説明するかのどちらかにしてくれと小一時間(ry。てゆーか、真田広之さんとか、寺尾聰さんとか、中井貴一さんとか、すげーいい役者さん使ってるのに、脚本と演出のヌルさのせいで台無し。映画の後半はひたすら彼らの演技力だけで持ってる感じで、いやもう別の意味で泣けてきたよ。役者さんカワイソス。

ちなみに、こちらの映画も彼女とのデートで観に行ったんだけど、彼女のほうも退屈だったのか、映画が終わったあと「大丈夫? 途中で眠らなかった?」と心配された。デートにはオススメできない。もちろん、1人で観るのもオススメできない。

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2005.05.28

だって暇なんだもん

五月祭の準備のせいでヒマだった(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい一生懸命準備とかしてたクラス・サークルの皆さん許してください。時代錯誤社の現役の皆さんにもごめんなさい)。

仕方がないので、近くのレンタルビデオ屋さんで『仮面ライダー龍騎・劇場版』『仮面ライダー龍騎・テレビスペシャル版』『スターウォーズ・エピソード2』『壬生義士伝』など、気になっていたDVDを一気に借りてきて、一気に観た。やばい。アツい。間違いない。なんか映画鑑賞がクセになりそう。

しかし、史上最高のクソ映画と名高い『デビルマン』は全部借りられていたので観られず。テニスコートの上で、核爆発とか恐竜絶滅とか「人類の存亡を賭けた戦いがはじまる」レベルの異常事態が発生すると話題の『テニスの王子様・劇場版』も見当たらず。次回はこの2本を狙って行くか。

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2005.05.16

アニメと特撮はダメオタの基本だ!

日曜は珍しく早起きしたので、テレビ朝日の特撮とアニメを1時間半くらい見て過ごした。ちなみに見たのは、「魔法戦隊マジレンジャー」「仮面ライダー響鬼」「ふたりはプリキュア・マックスハート」の3番組。このごろオタクっぽいことを書いていないので、そろそろ本流に戻す意味でも、何か書いておきますか。

■魔法戦隊マジレンジャー(朝7:30〜8:00)

延々と続いている戦隊モノの最新版で、これが29代目になるらしい。ってことは、初代ゴレンジャーを見ていた世代はもう30代後半にさしかかろうって頃か。すごいな、純粋に。斉藤美奈子さんの言う「おもちゃ屋さんと同盟をむすんでいるので異常に軍拡志向」な傾向も、ぼくの子どものころと変わってない。あな、なつかしや。

肝心のストーリーは、少年ジャンプ的にわかりやすくて素晴らしい。いや、皮肉じゃなくて、本当におもしろいってこと。参考までに、今日のストーリーをかんたんに要約すると「格闘戦が得意だったキレンジャーがケガをしてしまったので、代わりにアカレンジャーが猛特訓して、格闘戦でしか倒せない敵をふっとばす」という黄金パターン。友情・努力・勝利がぜんぶ入っている上に、大切なデートを捨てて猛特訓するという「友情は恋愛より重い」の法則もしっかり守っている。いいねえ。男の子向けはこうでなくちゃ。

CGも「抑えるところ」と「魅せるところ」をしっかり分けて、効果的に使ってる。とくにラスト、アカレンジャーと敵のコブシがぶつかりあうシーンは本当に上手い。そこまでの戦闘で苦戦して、ボッコボコにされて吹っ飛ばされて、もうダメだと諦めかけたところでキレンジャーの友情パワーをもらい、最後の最後で大ミエを切って爆発CGつきの大逆転パンチを放つ。ぶっちゃけ燃えるよこれ。監督さんも脚本さんも演出さんも、本当によくわかってらっしゃる。水戸黄門並みの「きたきたきたぁ!」っていうお約束どおりのカタルシスも、ここまで来ると芸術の域だな。

ただ、そこで「マジパンチ!」と叫ぶのは……どうなんだろう? いや、これは大人の視点からバカにしてるわけじゃなくて、小学校低学年くらいの子でも、さすがに「マジパンチ!」は安直すぎてカッコ悪いと思ってんじゃないかなぁってこと。だからって代替案があるわけじゃないんだけどさ。「マジレンジャーの必殺パンチ」なら「マジパンチ」が一番しっくり来るし。うん。そうなんだけど、でも、なんか納得できねー。

■仮面ライダー響鬼(朝8:00〜8:30)

「響鬼」と書いて「ひびき」と読むんだと。このごろの仮面ライダーはストーリーがシリアスすぎてお子さま向けじゃないと噂には聞いていたけど、たしかに、全くお子さま向けじゃない。っていうか、途中から見ると大きいお友達でも、それぞれの話を貫く全体的なストーリーがよくわからない。当然、ぼくもわからなかった。

ちなみに、今回のストーリーはこんな感じ。「師匠ライダーが引退せざるを得なくなったので、弟子ライダーに武器(雷を放つギター)を渡して免許皆伝させようとする。弟子ライダーは師匠離れができずに悩むが、最後には迷いをふっきり、雷ギターを自分なりに上手く使って怪物をぶったおす」。

結論から言うと、あんまりおもしろくない。この番組、ずーっと物静かで、映像はきれいだし、セリフもわざとらしくないし、渋い演出に凝りたいのはわかるんだけど、そのせいで「マジレンジャー」みたいなストーリーの勢いとか、アクションでのミエの切り方とかを犠牲にしすぎてる。これ、ドキュメンタリーでもトレンディドラマでもなく、アクションヒーローものでしょ? だったらアクションと、それにつながるストーリーで魅せてもらわなきゃ。

これは別に、ヒーローものは「マジレンジャー」みたいに勧善懲悪じゃないとダメってことではない。別に「善 vs 悪」にこだわる必要はなくて、「正義 vs 正義」でも「無価値 vs 無価値」でも、おもしろい物語はつくれるだろう。というか、ぼくは番組の開始5分ぐらい、哀愁ただようアクションシーンが続くのを見て、敵にもこっちと戦う理由がある「正義 vs 正義」のパターンなのか、あるいはお互いに無意味さを理解しているけれど構造的に戦いをやめられない「無価値 vs 無価値」のパターンなのか、そのあたりなのかと思ってたら、おいおい、終わってみたら全然フツーに「善 vs 悪」のパターンかよ。

だったら勧善懲悪のストーリーをしっかり見せてくれよ。アクションで魅せてくれよ。あるいは、ドラマ(葛藤)やビルドゥングス・ロマン(主人公の成長)の要素でストーリーを引っぱりたいんなら、もっと前面に出してもらわなきゃ燃えられないよ。監督さん、脚本さんは、絶世の名作「クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を5回鑑賞して勉強しなおしてください。ん? ああ、念のため、ぼくはすでに6回見てます。

■ふたりはプリキュア・マックスハート(朝8:30〜9:00)

おもしろい。『ケロロ軍曹』といい、この作品といい、近ごろのアニメには「イロモノっぽいタイトルほど、実は正統派のおもしろさを備えている」という法則でも働いているんだろうか。もちろん噂どおり、オープニングの歌は神がかり的に電波がかってる(「プリキュア プリキュア プリティでキュアキュア」ってどういう意味だよマジでわかんねーよ)けど、それがおもしろいという人もいるらしいので、世のなか捨てたものではない。

今回のストーリーは、要約するとこう。「中学1年の女の子が3人でフリーマーケットへ買い物に行ったら、そこで憧れの女子先輩2人(=主人公の2人)に出くわしたので、先輩2人の力を借りて、高校生の男チームに3 on 3のバスケットで挑むことになった。茶髪の先輩のすごい運動神経と、黒髪の先輩の冴えわたる知略で、女の子3人のチームは善戦し、後輩たちは改めて先輩に憧れ直して、楽しい時間を過ごしましたとさ」。

省略してしまったけど、本当は、先輩2人(=主人公の2人)のあいだの信頼関係が描かれたり、後輩のうち1人が他の2人と仲良くなったり、といった、細かいけどストーリーを引き立てる要素がたくさん含まれていたので、話に奥行きがあった。

あえて分類するなら、男の子向けの作品が「いかに燃える非日常ストーリーをつくるか」に腐心しているのに対して、こっちは「何でもない日常をいかに上手く描くか」という逆路線をとって成功している、と思う。終盤で取ってつけたように敵が出てきて、主人公たちも猛スピードで変身してエネルギー波を撃ち合っていたのは、番組の都合上、不問に付すとしても。総合的に見ると、やっぱりおもしろい。意外とおすすめ。

ちなみに、このアニメを見たら、主人公2人のうち、黒いほうと白いほうのどっちが好きかを告白して派閥争いをしなければならない、らしいのですが、ぶっちゃけわからない。いや、甲乙つけがたいって意味じゃなくて、白だの黒だのという区別がよくわからんのです。髪が黒いほうが黒でいいの? それとも、変身後のコスチュームが黒いほうが黒?

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2004.12.20

世界が醜いほどセカイ系は美しい

『雲のむこう、約束の場所』は、正直すごいと思った。映像の美しさ、とくに風景の光の使い方は絶品で、さすが新海誠監督という感じ。この点に関しては、これ以上のものは誰にも作れないと言っていいと思う。けど、ぼくは見終わったあと、かっつさんのように手放しで絶賛する気になれなかった。あの作品には、少しだけ欠けているところがある、ように思えたからだ。

話は少し脱線するけど、いわゆる恋愛物語の定石は、愛しあう二人のあいだに障害がある、ということだ(ちなみに野口悠紀雄さんはこれを自分だけの大発見だとか思ってるらしいが、少し勘のいい人なら誰でも気がつくことだろう)。何百年も昔の文学作品なら、その障害は社会的な階級とか身分とか家柄だったけど、時代が進むにつれて、そんなものは障害にならなくなってきたので、不倫とか、年齢差とか、親の反対とか、先生と生徒の壁とか、今まで隠れていた障害が顕在化してきた。が、ついにそれらも障害にならなくなったのか、近ごろのドラマでは身体的障害、精神的障害とかいった文字どおりの障害が多くなったように思える。脚本家さんもすいぶんとがんばるものだ。時代に左右されない障害となると、不治の病や事故ぐらいしかないかもしれない。

脱線して失礼。で、この基準に当てはめてみると、セカイ系というのは、基本的にどれにも当てはまらない。なぜかというと、セカイ系の真骨頂はたぶん「世界そのものが二人の障害」という極限状況にあるから、だと思う。ちなみに、ここで言う「世界そのもの」というのは、具体的には人類を滅ぼし尽くすほどの戦争とか、地球環境を一変させてしまう大災害とかいった、個人の力では(というより人類の誰にも)止められず逆らえない終末的な破局のこと、ぐらいに考えといていいと思う。

そして、そうであるなら、セカイ系には世界の破局をあざといほど派手に描いてほしい。滅びゆくさまを中途半端に描かず、徹底的に無慈悲に、汚く、残酷に描ききってほしい。命乞いをする民間人が家畜のように殺され、手足のない死体が乱雑に散らされ、敗残兵による略奪が横行し、社会基盤は完全に崩れ去って、世界は後もどりのできない滅びへ向かう。こういった描写によってこそ、読者・観客は、二人を引き裂く障害の大きさを思い知らされることになる。

と同時に、そういう暴力的で醜い世界の中でこそ、対照的に、恋人同士の絆は美しく描き出せるとはずだ。いわゆる「エロスとタナトスは仲良し」の法則で、これは久美沙織さんが出していた例だけど、特攻隊で明日には死ななければならない若者を作中で描くとしたら、一人で「ぼくは死にたくない」と言わせるよりも、恋人の顔を見させて「この子はなんて綺麗なんだろう」と言わせたほうが、グッとくる。

ぼくが『雲のむこう、約束の場所』を見て、わずかに欠けている部分があると思ったのは、ここだ。あの作品は、良い意味でも悪い意味でも、きれいに作られすぎている。恋人たちの絆がきれいな代わりに、世界の暴力性と醜さが薄い。もちろん、ストーリー的にみて世界の破滅をそんなに激しく描くことはできなかったろうし、『ほしのこえ』もそうだったように、新海監督は「世界の破滅」を大上段から描きたかったのではなく、むしろ「恋人の絆」を私小説的に描きたかったのだろう、と思う。それはすごくよくわかる。

でも、この欠けている感じは、『イリヤの空 UFOの夏』『終末の過ごし方』にもあって、いずれも物足りなくて不完全燃焼してる感じがして、ぼくはそれが不満だった。世界の破局とか、終末とか言われても、作品世界はそんなに悲惨じゃないし、破局ってのが具体的に何なのかも全然見えてこなかったから。逆に、世界の残酷さをしっかり描いていた『最終兵器彼女』『愛人 -AI・REN- 』はすごかった。とくに『愛人 -AI・REN- 』はすさまじい。ネタバレになるから具体的には書けないけど。やっぱりセカイ系には、世界の暴力性とか、醜さとか、個人の力では抗することのできない絶望的な滅びとか、そういうものを描いてもらったほうが感情移入がしやすいんじゃなかろうか。

というわけで、新海監督の次回作がどういう方向性でつくられるのか、今から楽しみにしている所存。

セカイ系:「家族とか会社とか国家とかの中間段階をすっ飛ばして、キャラ個人のドラマが世界と直結しているような話」のことです。ちなみにこれは大森望さんの定義ですが、あと二つ、「恋人同士の絆を描いている」「戦争が物語を動かしている」という共通点が入ることも多いように思えます。「世界を滅ぼすような戦争が起きているなかで、国家よりも家族よりも、恋人との絆を守ろうとして孤独に戦う」というのがストーリーの典型例でしょうか。(BBS@polepole/No.502

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2004.12.05

セカイを滅ぼす覚悟はできたかい?

ちかごろ流行りの「雲のむこう、約束の場所」を、最終日の最終回になって観に行った。本当はもっと早く行きたかったんだけど、同行者のかっつさんが「土曜はやっぱ無理だわ」「日曜もムリポ」「やっぱ平日ってことで」「最終日の金曜なら何とか」「金曜でも昼はダメなの」「最終回までには間に合わせるよ」と、マザー2もびっくりの延期を繰り返してくれたので、かくいう次第に。トドメで待ち合わせにも遅れてくれた。危うく観られなくなるとこだったぞ、おい、ほんとに。

ただ、ケガの功名というべきか、最終日の最終回ということで、映画が終わったあと、新海誠監督ほかが出てきてトークショーをおっぱじめてくれた。正直、ひとにぎりも予想していなかったので、ちょっとびっくり。うむ、しかし、新海監督は物腰やわらかな人でいいね。才能あるのに謙虚な人って大好き。次回作も観よう。

作品の中身については、かっつさんの「セカイ系キターッ! 燃えーっ! 萌えーっ!」という絶叫が75%ぐらいを物語っているので、まあ、推して知るべし。ぼくが一言でいうと「頭の先からしっぽまでセカイ系がぎっしり」。

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